『学び合い』について

『学び合い』とは、一人も見捨てたくないという願いから出発しています。教師はそう願っていながら、でも、救いきれない子どもがいることを知っています。今までは、家族との時間を犠牲にしてでも、何とかしていました。しかし、それでも駄目でした。

 私は子どもの姿を学術的に分析し、一人一人は分かり方が違い、抱えている課題は違うという分かってしまえば至極当然の結論に至りました。そのため、「良い授業は何か?」という問いかけをやめました。なぜなら、それは一人一人違うからです。おそらく、名人級の教師が、時間をかけた教材研究をすれば、九割の子どもにフィットする教え方も可能かもしれません。しかし、十割は絶対に無理です。そして、日本中の殆どの教師は名人級の教師ではなく、そうであっても毎日毎日の全ての授業に十分な授業研究をすることは出来ません。例え1割であったとしても、その1割の子どもにとっては、自分の人生なのです。

 そこで「良い授業は何か?」ではなく、「良い授業を考えられるのは誰か?」という問いかけを始めました。それは「自分自身であり、自分を支えてくれるクラスメート」という結論になります。それぞれの子どもにとっての良い授業とは、その子に何が分からないかを聞き出し、その子にあった説明を導かなければなりません。これには、膨大な会話が必要で、一人の教師では不可能です。しかし、子どもたちには出来ます。子どもたちの教え方は、教師ほどではないかもしれません。しかし、彼らは膨大な会話は出来ます。落ちこぼれと同時に、ふきこぼしも問題です。クラスには能力の高い子もいます。塾・予備校で学校で学ぶことは終わっている子もいます。その子にとって、クラスの中の下を主なターゲットにした授業は退屈です。もちろん、発展的な教材を用意することは出来ます。しかし、それを毎日、毎日用意し、それを回答し、補足指導することは不可能です。しかし、人に教えることが出来ればどれほど勉強になるかは、教師ならばよくご存じなことです。

 『学び合い』は一人も見捨てたくない、そのために一人の教師で抱え込むのでは なく、子どもたちと一緒に、みんなを支え合おうする学習です。その学習は学習に とどまるのではなく、人間づくりを同時に行うことが出来ます。